大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和32年(ワ)9992号 判決

原告 日本ゴルフ釣具株式会社 外一名

被告 株式会社勝呂組

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告は、原告会社に対して金五十二万千七百七十円、原告佐野に対して金三十八万五千六百六円およびこれらに対する昭和三十二年十二月二十三日から完済に至るまでそれぞれ年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との仮執行宣言つき判決を求め、その請求の原因として、「(一)、原告会社はゴルフ用具、釣具の製造、販売を業とする会社、原告佐野は原告会社の代表取締役、被告会社は土木建築請負を業とする会社である。(二)、原告佐野が昭和三十二年九月二十八日午後十一時三十分頃、原告会社所有の乗用車フオード・ステーシヨンワゴン(登録番号第三-む〇四九二号)を運転し、東京都千代田区竹平町三番地先の道路を、九段下方面から竹橋方面に向つて進行していたところ、当時被告会社に傭われ、被告会社東京支店自動車に運転手として勤務していた大門雅信の運転する被告会社所有の乗用車トヨペツトクラウン(登録番号第五-む八五七九号)が、反対方向から他の自動車を追越して疾走して来るのを認めたので、原告佐野は危険を感じ、道路の進行方向の最左端に停車して待避したにもかかわらず、大門はその運転していた前記自動車を、原告が運転していた前記自動車に正面衝突させた。(以下右の事故を「本件事故」という)このため原告会社所有の前記自動車は大破し、原告佐野は全治三箇月を要する右膝蓋骨々折の重傷を負つた。(三)、本件事故が発生した九段下方面から竹橋方面に通ずる道路は、コンクリート舗装をした巾約十二メートルの車道と、その両側に車道よりやや高くなつた歩道がある道路であるが、本件事故当時は、本件事故発生地点附近約六、七十メートルに亘つて車道の南側(九段下方面から竹橋方面に向つて右側)約四メートルの部分が工事中のため、自動車で通行できる部分の道巾が狭くなつていたのであり、しかも同所附近の交通量は多く、事故発生の危険が大きい場所であるから、自動車を運転してこのような場所を通行しようとする者としては、特に事故発生防止のため注意しなければならない義務があり、殊に他車を追越す場合には、反対方向から進行して来る車に十分の注意を払い、安全を確認し、かつ事故発生のおそれを生じたときには直に危険を避け得るよう注意して運転しなければならないにもかかわらず、大門はかかる注意を怠つて、前方に十分な注意を払わず、かつ時速五十ないし六十キロメートルの高速度で疾走するという無謀な運転をしたのであり、本件事故は、大門の右の過失によつて発生したのである。(四)、原告会社は本件事故によつて次のとおりの損害を蒙つた。(1) 、本件事故によつて破損した原告会社所有の前記自動車の修理費として、東邦モーターズ株式会社に三十二万千七百七十円を支払つた。(2) 、一般に自動車が大破した場合には、修理を完全に行つても価値の低落を免れないものであり、原告会社の前記自動車も、本件事故によつて大破したため、右(1) のように修理をしたけれども、なお約四十万円の価値の低落を生じた。(五)、原告佐野は本件事故によつて次のとおりの損害を蒙つた。(1) 、本件事故によつて前記のとおりの傷害を受け、昭和三十二年九月二十九日から同年十一月十五日まで東京病院に入院治療を受け、入院料十三万七千百円、手術費一万円、注射、その他の治療費一万四千八百五十六円を支払つた。(2) 退院後、独立歩行、就業ができるようになるまで温泉治療、マツサージ治療等を行い、その費用二万三千六百五十円以上を支払つた。(3) 、原告佐野は昭和二年以来ゴルフ用具の製作、販売を営んできたのであるが、戦後ゴルフ熱の勃興に伴いその営業規模も拡大されるに至つたので、昭和二十五年九月原告会社を設立してその代表者となり、ゴルフ用具、釣具、運動用具の販売およびゴルフ練習場の経営を行い、昭和二十七年二月株式会社日本ゴルフ用具製作所を設立してその代表者となり、ゴルフ用具の製作を行つているのであるが、右両会社の営業はいずれも順調に発展し、全国のデパート四十二店、ゴルフ用具専問店十六店の取引先を獲得するほか、多数の特許、実用新案、意匠登録等の権利を得るに至つていると共に、原告会社が経営する四谷ソフイアゴルフクラブは会員三千名を擁して、盛況中である。さらに原告佐野は右のほか、昭和二十八年十二月東京ゴルフ練習場連盟理事長、昭和三十年十月日本ゴルフ商工会理事、および日本ゴルフ商工会関東支部理事にそれぞれ就任している。このように原告佐野はその事業の経営、各理事の職務等で多忙を極めている時に、本件事故によつてその職務の遂行を妨げられ、著しい精神的苦痛を蒙つたので、これを慰謝されるには、二十万円の支払を受けるのが相当である。(六)、被告は、本件事故の際大門が運転していた自動車の所有者であつて、右の自動車を自己のために運行の用に供していたものであり、本件事故は右の自動車の運行に因つて発生したものであるから、被告は自動車損害賠償保障法第三条により、原告佐野が本件事故による傷害によつて蒙つた損害を賠償すべき義務がある。また本件事故は被告の被用者である大門が、その職務である自動車の運転中に、その過失によつて発生させたものであるから、被告は大門の使用者として、民法第七百十五条によつて、原告会社および原告佐野が本件事故によつて蒙つた損害を賠償すべき義務がある。(七)、よつて、本件事故による損害の賠償として被告に対して、原告会社は前記(四)の(1) と(2) のうちの二十万円との合計五十二万千七百七十円、原告佐野は第一次に自動車損害賠償保障法第三条により、第二次に民法第七百十五条により、前記(五)の(1) と(2) のうちの二万三千六百五十円および(3) との合計三十八万五千六百六円、およびこれらに対する、右損害賠償発生の日および本件訴状が被告に送達された日の後である昭和三十二年十二月二十三日から完済に至るまで、それぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」と述べ、被告主張に対する答弁として、「(一)、被告の自動車の取扱、大門の勤務時間がどのようになつていたかは知らない。大門の選任、監督について被告に過失がなかつたということは否認する。(二)、仮に、本件事故の際には大門が私用で自動車を運転していたものであつたとしても、大門が運転していた自動車が被告の所有に属し、被告のために運行の用に供されていたものであり、大門が被告の被用者であつた以上、被告は自動車の保有者として、また大門の使用者として、本件事故による原告らの損害を賠償する義務がある。(三)、本件事故の発生について、原告佐野に被告が主張するような過失があつたことは否認する。」と述べ、証拠として、甲第一号証の一、二、同第二、三号証、同第四号証の一ないし七、同第五、六号証を提出し、証人中村庄二、同曲谷勝二の各証言および原告佐野本人尋問、検証の各結果を援用し、「乙第一、二号証はいずれも真正にできたかどうか知らない。」と述べた。

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として、「(一)、原告ら主張の請求原因(一)は認める。同(二)のうち、原告ら主張のとおりの自動車が、原告ら主張の場所で衝突したこと、大門が原告ら主張のとおりの被告の従業員であつたこと、原告会社所有の自動車が損傷し、原告佐野が負傷したことは、いずれも認める。本件事故が発生したのは昭和三十二年九月二十八日午後十一時十五分頃である。大門が本件事故発生地点附近で他車を追越したこと、原告ら主張のような速度で疾走していたこと、原告佐野が停車待避していたこと、正面衝突したこと、原告会社所有の自動車が大破したことは、いずれも否認する。原告佐野の傷害の程度は知らない。本件事故は、被告所有の自動車の右側バンバーと原告会社所有の自動車の右側バンバーが接触したのである。同(三)のうち、本件事故発生地点附近の道路の一部が工事中であつたことは認める。大門に過失があつたことは否認する。その余は知らない。同(四)は全部否認する。同(五)のうち(1) 、(2) は認める。(3) のうち原告佐野の職務、営業の状況は知らない。慰謝料として二十万円が相当であることは争う。同(六)は否認する。同(七)は争う。(二)、大門は本件事故当時被告に乗用車の運転手として傭われていたものであり、その勤務時間は午前九時から午後五時までであり、勤務時間後は、自動車を東京都中央区日本橋江戸橋二丁目八番地所在の被告の車庫に格納し、上司にその旨報告することになつていたもので、勤務時間後は大門は被告の自動車を保管していなかつた。(三)、本件事故は、大門が勤務時間終了後車輌管理者の許可を受けないで、勝手に私用のために運転していた際に発生したものである。したがつて本件事故の際に大門が運転していた自動車は、被告のために運行の用に供されていたものではないし、また本件事故が被告の事業の執行について発生したということもできない。(四)、仮に、本件事故が被告の事業の執行について発生したものであるとしても、被告には大門の選任、監督について過失がなかつた。すなわち、被告は自動車運転手の雇傭に際しては、その技能の試験をするのは勿論、人格、適性、交通法規違反の前歴等を調査して採否を決定しているのであつて、大門についても右のような調査をしたうえで採用した。また被告はその所有自動車の管理のために自動車就業規則を定め、これを関係従業員に局知させるようつとめ、特に自動車の無断使用は厳重に禁止していた。したがつて、被告は大門の使用者としては本件事故による損害の賠償義務を負わない。(五)、仮に、被告に損害賠償義務があるとしても、本件事故発生については、原告佐野にも過失があつた。すなわち夜間自動車がすれちがう際には、前照灯を下に向けなければならないにもかかわらず、原告佐野が、その運転していた自動車の前照灯を下に向けなかつたので、大門が原告佐野の運転していた自動車の前照灯に眩惑されて操縦を誤り、本件事故を起すに至つたのである。したがつて被告の損害賠償額を定めるについては、原告佐野に右の過失があつたことが斟酌されるべきである。」と述べ、証拠として乙第一、二号証を提出し、証人勝呂松彦、同伊藤金太郎の各証言を援用し、「甲第一号証の一、二のうち官署作成名義の部分はいずれも真正にできたことを認めるが、その余の部分は真正にできたかどうか知らない。甲第二号証同第四号証の一ないし七はいずれも真正にできたことを認める。甲第三号証、同第五、六号証はいずれも真正にできたかどうか知らない。」と述べた。

理由

昭和三十二年九月二十八日午後十一時十五分ないし三十分過頃、東京都千代田区竹平町三番地先の九段下方面から竹橋方面に通ずる道路上において、原告会社の代表者である原告佐野が、九段下方面から竹橋方面に向つて運転していた原告会社所有のフオード・ステーシヨンワゴン(登録番号第三-む〇四九二号)と、被告の被用者であつて乗用車の運転手として被告の東京支店に勤務していた大門雅信が、竹橋方面から九段下方面に向つて運転していた被告所有の乗用車トヨペツトクラウン(登録番号第五-む八五七九号)が衝突したこと(本件事故が発生したこと)は当事者間に争がない。

証人勝呂松彦、同伊藤金太郎の各証言、および弁論の全趣旨を合せて考えると、本件事故当時、大門は東京都中央区日本橋江戸橋二丁目八番地所在の被告の東京支店事務所に隣接する被告の寮に居住していたのであるが、本件事故があつた当夜、東京都武蔵野市附近に居住していた同人の母から、姉の縁談についての打合せのため母のところへ来るよう呼出を受け、午後十一時過頃、右の寮から、被告の東京支店事務所車庫にあつた前記の自動車を運転して、同人の母のところへ行く途中において本件事故を起したものであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

自動車損害賠償保障法第三条の「自己のために自動車を運行の用に供する者」というのは、抽象的一般的に当該自動車を自己のために運行の用に供している地位にある者をいうのではなく、事故発生の原因となつた運行が自己のためになされている者をいうと解すべきである。ところで右に認定した事実によると、本件事故が発生した際においては、大門が同人のために被告所有の前記の自動車を運行の用に供していたものであつて、被告のために運行の用に供していたものではないというべきであるから、被告は本件事故について、自動車損害賠償保障法第三条に基づく損害賠償義務を負わないといわなければならない。また前記認定の事実によると、本件事故は大門が被告の事業の執行について発生させたものではないといわなければならないから、被告は大門の使用者としても、本件事故について損害賠償義務を負わないといわなければならない。

してみると、原告らの被告に対する請求はいずれもその他の点について判断するまでもなく理由のないことが明らかである。

よつて、原告らの被告に対する請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西山要 西沢潔 寺井忠)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例